あいうえおのチラシの裏

愛にうえた男の悲しい物語

ストレンジデイズ

「ナンパ師ってのは人と出会う数が多い分、それだけ普通の人よりも別れが多いんだ」

 

 そんな言葉をどこかの誰かから聞いた気がするけど、はたして誰が言ってたんだか全然思い出せない。

 

 僕もナンパ師の端くれとして、色々な出会いと別れを繰り返してきた。その中で、いつまでも僕の記憶のなかにとどまっている子もいれば、もう既に記憶の片隅から消えてしまった子もいる。 『さよならだけが人生だ』って古い言葉があるけど(古いとはなんじゃ!)いやはや、全くもって仰るとおりだと思う。

 

 この世は、別れこそがただ一つの真理だ。でも、その言葉をちゃんと理解して飲み込むところまでは、僕は未だに達観出来ていない。

 

◇◇◇

 

 彼女と出会ったのはもう5年以上も前のことになる。夜のローカルで、当時よく絡んでもらっていた先輩スト師と正3でカラオケに連れ出した。肌が綺麗で、白くて猫目のかわいい子だった。一見すると清楚系に見えなくもない。でも、そんな外見に反して性格はかなりぶっ飛んでいた。唐突にによくわからない歌を歌い出したり、踊り出したり、言動も発想も常人と違っていた。芸術家肌の変人で、突拍子のない行動をして僕をいつも驚かせる一方、なんとも言えないチャーミングさを持ち合わせている子だった。

 

 僕は頭のおかしい人間が大好きだ。僕が「マジでいかれてる」と笑って言うと彼女は「よく言われる」と少し照れたような、得意気なような笑顔で言葉を返してきた。

 僕は自分が『何の変哲もない単なる普通の人間』であることを知っている。大した特技もないかわりに、ある程度のことはそこそこ出来る。けれど、中途半端で尖った成績を残すことは出来ない。普通の人間として生きていくため、社会に揉まれてパラメータ値はオール3になるように調整されていった。我ながら面白みはないモブキャラ人間。だから、僕は変わった人間や不思議な思考の子に惹かれてしまう。ずっとそうだ。

 

 正3で連れ出したカラオケでは特に何もなかったが、終電もなくなっていたので先輩スト師と別れて僕が彼女を車で送って行くことになった。可愛かったし性格も好みだったこともあり、帰るところを引き留め、彼女の家の近くで車を止めて色々な話をした。あまり食いつきはなかったので、とにかく和むことを重視したけど、彼女の気持ちはよく分からなかった。彼女はまるで気まぐれな猫みたいに感情がするすると移り変わり、気持ちは上手く掴めなかった。

 

俺「じゃあ、帰る前に番号教えてよ」

女「だめ。彼氏いるし」

俺「そこをなんとかさ」

女「うーん、それなら私の今の仕事当てられたらいいよ」

俺「看護師?」

女「違う」

俺「じゃあ保育士」

女「違うって。適当に答えすぎだから。じゃあ次が最後ね。当たらなかったら、もう絶対連絡先教えないから」 僕は、ちょっと待ってと言ってから、無い頭を極限まで捻った。わざわざクイズにするってことは、きっと特殊な仕事なんだろう。芸術家っぽい感じはするけど、絵を書く感じはしないし、服飾デザイナーとかだろうか。それにしては、そこまで奇抜な服装をしている訳でもないし……。その時、はっと思いついた

俺「カメラマン……?」

あ「え、なんでわかったの?」僕の当てずっぽうが珍しくヒットした。我ながらよく当てられたと思う。この時ばかりは神様に感謝した。

俺「やった。じゃあ番号教えてよ」

 番号を交換したら、何故かわからないけれど少し距離が縮まった気がした。色々な話がまだ続いて女の子は車を降りようとしなかった。その後、話しながら少しずつ少しずつ距離を詰めていって、細かいグダを崩しながら抱きしめてキスをした。結局、かなり時間をかけたものの、最終的にはその日のうちに車でセックスをした。

 

女「それじゃあね」

 

 久しぶりに上手くいった即だったので、アドレナリンは出っぱなしのまま、深夜の高速道路を飛ばして帰った。顔は普通に可愛かったし、性格もいい意味でおかしかったので僕はすっかりハマってしまっていた。

 その後も奇跡的に連絡は繋がって、何度も彼女とデートした。直接は聞かなかったけど、言葉の端々から彼氏とは上手くいってないようにみえた。「彼氏と別れたら俺と付き合おう」彼女と会うたびに、僕はいつもそうやってヘラヘラと話をしていた。

 

 ある日、急に彼女からメールが来て会うことになった。開口一番、彼女は「彼氏と別れることになったんだ」と言った。僕らは単なるセフレという関係を超えて、付き合っているといえるレベルの頻度で会っていたし、数え切れないほど色々なところに遊びに行っていた。「じゃあ付き合おう」僕は彼女の目をまっすぐ見ながら言った。特にためらうそぶりもなく、彼女は笑顔で首を縦に振った。

 

 彼女と出会ってからもう半年も経っていた。前の彼女と別れて以来、ずいぶんと久しぶりに女の子と付き合うことになった。性格は相変わらずぶっ飛んでいたが、一方でいつも新鮮な気分でいられた。もうこの子に決めてさっさと引退しよう、そう思った。

 

 それから、ナンパはすっぱり辞めて、僕は当時住んでいた場所から引っ越し、二人で住めるような部屋を借りた。甘い同棲生活の開始だ。彼女が欲しがっていたペットを飼って一緒に世話をした。夜に一緒に手を繋ぎながら散歩をした。休日に飽きるくらいまで映画をみて感想を言い合った。二人で毛布にくるまりながら取り留めのない話をした。大好きな子が「いってらっしゃい」と言って見送ってくれて「おかえり」と言って迎えてくれる生活。そうやって、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 

 でも、悲しいことに楽しい日々は長く続かなかった。 彼女はやっぱり変人で、猫みたいに気まぐれな性格は直らなかった。僕が待っていても、家に帰ってこないことも多かった。上手く続かない日々が徐々に増えていって、セックスもいつの間にかしなくなっていた。

 

  やっぱり『さよならだけが人生だ』。出会いがあれば別れも確実にやってくる。「末永くお幸せに」とか言うけど、その意味わかってる? 『いつか全部何もかもなくなって終わるけれど、終わりがなるべく先延ばしされると良いよね』だよ? 結婚式で気軽に言ったりするけどさ、本当にその意味わかってる? 

 

 そして、僕達は別れることになった。なんというか、割りとありふれたつまらない話だ。別れ話をしてから一週間後、彼女は『僕らの部屋』から彼女の荷物を持って出て行った。

 お別れの日。「それじゃあね」と言って彼女は、僕を会社に見送ってくれた。これが最後のお別れ。彼女は僕が会社に行っている間、引っ越して行った。仕事が終わり、僕は『僕の部屋』に帰って来た。もちろん、もう「おかえり」という言葉をかけてくれる人はどこにもいなかった。

 部屋は思った以上に綺麗に片付けられて、なんだかとても静かだった。楽しかった日々は花火みたいにあっというまに消えてしまって、跡形もなかった。彼女がいた痕跡はきれいさっぱりなくなって、何も残っていなかった。ただ、彼女がよく座っていた椅子だけが広い部屋にぽつんと置いてあった。

 僕は声を出して、泣いた。自分の家でまさかこんなに惨めな気持ちになるとは思っていなかった。どこを見ても彼女との思い出が浮かんできてしまって、自分の家なのにどこにも逃げ場がなかった。顔を洗おうと思って、洗面台に立って鏡を見た。あまりにもみっともない顔がそこにあった。

 もうこの家には何も残っていなかった。少しずつ二人で積み上げてきたものは、もう最初から何もなかったかのように、消え去ってしまった。何も思い出さないようしたいのに、忘れようとすればするほど、彼女との思い出が脳みその記憶の溝に刻み付けられた。

 地獄だ。暗闇のなかで毛布にくるまって震えながら、朝が来るのを待つ。そんな日々が何日も続いた。

 

 

◇◇◇

 

~それから数年後、とある居酒屋~ 

 

俺「っていう話があったんだよねー。だから、結構恋愛でのトラウマあるわけ笑」

女「そうなんだ、それ辛いね」

 

 さてさて、悲しいお話は終わり。その後、僕はスト師として復活して、まあそれなりにまた結果を出し始めた。あの時に、彼女と別れずに結婚していたらどうなったと想像することもあるけど、きっと長続きはしなかったと思う。それほど彼女は奔放だったし、僕が彼女を支えるのには荷が重すぎた。当時の僕は、まだまだ精神的に若かったとも思う。『さよならだけが人生だ』もちろんそうだけど、さよならの代わりに新しい出会いだってある。 

 この同棲をした話は女の子を口説く時に、たまに過去の恋愛を引き出すトークで使ったりしている。そういう意味では結構、貴重な経験ができたと今では思っている。

 

女「まだその子のこと引きずってるの?」

俺「いやいや、さすがに昔のことだから。別に引きずってはないよ。今では過去の恋愛話のひとつとして話のネタになったかな笑」

女「そうなんだ」

俺「だからさ、俺んち広いし全然一緒に住んでくれてもいいよ?笑」

女「じゃあ、そこ住もうかな」

俺「……え?」

 

to be continued...