あいうえおのチラシの裏

愛にうえた男の悲しい物語

月までの距離

 

 スト仲間というのは非常に不思議な存在で、普通の知り合いならば最低限知っているべき個人情報を全く知らなかったりする。本名も、職業も、住所も、趣味も、出身も、本当の性格も知らない。それはただ単に知らないこともあるし、たとえ教えてもらっていてもそれが真実でないことだってある。何が本当かはよくわからないし、あえて詮索するのも野暮というものだ。

 

 そんな彼(ら)でも一緒に合流して、声掛けしたり、はたまた一緒に複数プレイなんかしたりする。性行為中というのは、動物として最も無防備な状態の一つだ。それでも乱交中なんかは、素性もよくわからない『スト仲間』という赤の他人に背中を預けることになる。僕はスト歴が長いので、色々な人とも複数プレイをしてきたが、名前(偽名)くらいしか知らないスト師とも一緒に4Pをしたこともある。そして、今ではもうそのスト師の人とは全然絡みがなかったりもする。そう考えるとやっぱりスト仲間というのは本当に不思議な存在だ。

 

 僕らはオスとして生まれた以上、女の子のケツを追い掛けるよう、遺伝子にプログラミングされている。ナンパのことをハンティングとも例えるように、狩りは原始時代から男同士の集団で行われてきた。ナンパは男子の本能に訴えかけるゲームなのだ。奥深く魅力的なゲームの攻略には色々な情報が必要だし、協力しあうことで女の子をゲットできたりする。セックスの話題は一般社会ではあまり明け透けと語ることができないけれど、スト仲間ならそれは別だ。秘密の共有は心理的な距離を縮めるから、彼(ら)とは単なる友達という枠を超えて、ソウルメイトというレベルまで仲良くなったりする。男同士の仲の深め方で「3Pで仲を深める」と言っている人がいた。一見ぶっ飛んだ意見のように思えるものの、実態としてかなり合理的だとも僕は思う。

 

 とはいうものの、この業界は既にアンダーグラウンドに片足を突っ込んでいる(片足? もう両足の間違いじゃないの?)。だから、リスク管理をしてしすぎることはないというレベルで、個人情報の管理が重要になってくる。仲間を信用しない訳じゃないけれど、いくら仲良くなってもお互いに一定の距離を置いて付き合っていくのがベストで、結局はその方が関係が長続きする。まあ、恋人関係だってそうだよね。

 

『あくまでも深入りはしない』

 

 それが仲間としての最低限のマナーだし、暗黙のルールでもある。彼(ら)が自分から打ち明けてくれるまでは、過剰に干渉してはいけないし、詮索してもいけない。

 

 

 僕がストを始めたばかりに知り合った先輩スト師の話を書いてみる。彼は異常なほどに巨乳に目がなかったので、ここでは『おっぱい』の頭文字を取ってOさんと呼ぶ。

「いやー、顔というよりどうしても胸の方に興味がいってしまうんですよ。顔で声掛けにいける人がうらやましいです笑」そう言って彼が笑いながら話していたことを覚えている。それはもう、5年以上も前の話だ。

 

 僕がストをし始めた20台後半の時、彼は既にアラフォーのおっさんだった。Oさんはイケメンという訳ではないが、背が高くて、ファッションもイケイケで、全く年齢を感じさせなかった。とにかく明るくて優しくて、そして物腰が非常に柔らかった。僕の方がずっと年下なのに、彼はいつも僕に敬語で話しかけてくれていた。

 声が良くていつも落ち着いたトーンで話をしていたが、その声色に反して奇想天外なボケを連発していた。彼は女の子を笑わせ、トークで即るタイプのスト師でゲット数もかなり多かった。コンビをしていても、面白すぎて女の子よりも僕の方がウケてしまっていて、彼と話していることの方がナンパよりも面白かった。彼と一緒に連れ出した時の音声データがまだ残っていて、それをたまに聞くけれどやっぱりそのトークセンスに圧倒されてしまう。

 

 そして、僕が好きな連中と同様にやっぱりOさんは頭がおかしかった。トーク力からも垣間見えたように発想が尋常ではなくて、一緒に話していていつもフレッシュな驚きや笑いがあった。ローカルでは、彼を中心にスト仲間が集まってきていて、よく地蔵トークが展開されていた。皆、Oさんのことが好きだったのだ。彼と話していると面白くてほとんど笑っていた。

 でも、Oさんは100即以上している凄腕なのに、意外と小心なところもあって、シラフだとなかなか声がかけられないと言って、出会う時はいつも酒ばかり飲んでいた。合流する時はいつも酔っぱらっていて、顔を紅潮させながらトークをしていた。見た目はオラオラしているところもある反面、少し気が小さいところもあってなんだか微笑ましかった。 

 

 ◇

 

 僕がまだまだ駆け出しの頃、Oさんと初めてコンビで居酒屋連れ出しをしたことがある。その連れ出しのなかで、僕はほとんど何も喋らなかった。いや、喋れなかったというのが正しい。Oさんが話を回しているのをなんとか食らいつこうとしているだけで、まったく会話に絡めず後半なんてほとんど何も話していなかった。

 

 特に何もなく解散して、僕の終電がなくなっていたので反省会という名目でOさんの家に上がりこんだ。きっと連れ出しの時に「どうしてあの時に黙っていたのか?」とボコボコにダメ出しをされるのだと思った。 けれど、彼は僕の悩みを優しく聞いてくれた。ストの悩み、恋愛の悩み、将来の悩み。 彼は落ち着いた声でゆっくりと僕の話に合わせて、話を促してくれた。彼はとても大人だった。

 一方で、ストの時なんかは小学生みたいな無邪気な顔を見せることもあった。彼は大人であり子どもでもあり、大胆であり繊細でもあった。ノルウェイの森でいうところの永沢さんみたいに複雑な二面性を抱えた不思議な魅力を持つ人だった。

 

 

 ◇

 

 それから、ほどなくして僕も徐々にナンパで結果が出るようになってきた。ストが一番面白い時期がやってきて、Oさんとよく街に出ていた。だいたい僕が手当たり次第に声をかけて、反応が良さそうだったらOさんが絡み、それからOさんがトークで仕上げるというパターンが確立されてきた。この方法でゲット数も結構稼げた。このパターンは結構上手くいくことが多くて、僕は勝手に『勝利の方程式』とひそかに呼んでいた。Oさんが主導してくれているおかげもあったかもしれないけれど、僕とOさんのコンビとしての相性は良かった。

 

 そんな4月の終わり頃に、いつもみたいにOさんからメールが来た。

 O『GWは出ますか?』

 俺『ちょいちょい予定埋まってますけど、出ますよー!』

 僕はいつもみたいに気軽に返信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それがOさんから来た最後のメールになった。

 

 

 

 彼はどこに行ってしまったんだろう。一緒に街に出ていたスト仲間にも聞いたけど、誰もOさんと連絡がつかないとのことだった。どうしているのか全く知らないらしい。でも、彼はナンパキチガイのごとく毎週のように街に出ていたし、『今日でますか?』というお誘いメールが頻繁に来ていたから、きっといつかナンパしに来るはずだ。彼が連絡を寄越さないということは、何かあったに違いない。でも、この業界では余計な詮索をするべきではない。彼から連絡が来たり、街でまた会った時は「あれ? 最近出てなかったですね? 絡めなくて寂しかったですよ! また一緒にやりましょうよー笑」そういって、暖かく迎えてあげれば良い。

 

 彼から連絡が来るまでは深入りはしない。それが、この業界のルールだった。僕は彼がいつもみたいに笑顔で街にやって来るまで、夜のストリートで待つしかなかった。

 

 

 さて、最初に言ったように、もう5年以上も前の話だ。結局、Oさんからは連絡が来ることはなかった。気がつけば既に僕は当時の彼に近い年齢になってきている。思えば楽しいことも辛いことも、この数年間で色々なことがあった。そんな色々な身の上話を彼に会って話をしたいと、ふと思うこともある。

 

 ねえ、Oさん。僕は未だにOさんみたいに面白いトークはできないけど、あれから仲間も沢山できたし、ナンパしてコンスタントにゲットできるようにもなったよ。コンビで連れ出した時も黙り込んだりはしないで、ちゃんと絡めるようにもなった。Oさんが一緒に街に出てくれていたから、僕はここまでやってこれたよ。ありがとう。

 

 

 ストで負けて帰る夜の帰り道、空を見上げるとそこに月が見える。 子どもの頃なんかは、いつか月が落っこちてくるんじゃないかと思うくらいで、手を伸ばせば届きそうな気がしていた。けれど、月と地球って何十万キロも離れているんだよね。

 

 スト仲間は月みたいに遠くて近い。夜の間はいつでもいるようで、いつかは朝が来ていなくなる。そんな不思議な存在。