あいうえおのチラシの裏

愛にうえた男の悲しい物語

はるか彼方の女の子

 人生においては「選ばれること」の方が圧倒的に少ない。そのことを知ったのは、はたしていつだっただろうか。それは、物心がまだついてなかった幼稚園の頃だったかもしれない。一等賞のメダルは一つしか用意されていないのだ。そんなの誰だって知っている当たり前の話。

 

 僕たちはもともと特別なオンリーワンかもしれないけれど、誰かの「かけがえのない一人」に選ばれることはほとんどない。だって「かけがえのない一人」に選ばれるのは、たった一人だけなのだ(全くもってバカみたいな文章)。有象無象の何百人といる候補の中で、ほんのたったの一人だけだ。例えるなら席は一つだけのフルーツバスケットを全校生徒でするようなものだ。そんなの勝とうとする方が難しいに決まっている。

 

 僕の好きだった子が、僕以外の誰かと付き合ったりすることなんてザラだった。ああ、僕はまた誰にも選ばれなかった。傷ついたり、悲しんだり、妬んだりしたことは何度もあったけれど、そんな痛みにも徐々に慣れてきて僕は学習した。そうやって、僕は「諦める」ことを覚えた。

 

 僕もそれなりに年を重ねて、色々な女の子と付き合ってきた。そういう意味では一時的にでも「選ばれた一人」にはなったことはある。けれど、みんな最後には別れてしまった。そう、僕は未だに誰かの「かけがえのない一人」になれていないままだ。

 

 

 彼女の話をするのは、正直なところあまり気が進まない。振り返ってみると僕の性格の破綻したところ(甘い考え)があって、それが原因で別れただけだったからだ。

 

 彼女とは、僕は20代の後半の頃に出会った。出会いはナンパだったけど、結構固い子で、性格も素直ないい子だったので流れで付き合うことになった。彼女は当時大学生で、僕は社会人だった。

 

 最終的に彼女とは四年間半ほど付き合ったけれど、その期間のなかではあまり特記するようなドラマティックなエピソードはない。 燃え上がるような恋ではなかったけど、触れるとしっかりあたたかい。そんな感じの緩やかな付き合い方だった。

 当初は大学生と社会人ということもあったし、彼女が就職してからも職種や業態が僕と全然違ったので、共通の話題や友人の話もほとんどなかった。彼女と僕は属しているコミュニティがかけ離れていたのだ。ディズニーやペットやスイーツの話など「the女の子」している彼女に比べて、趣味がゲームや漫画や映画鑑賞みたいな「theオタク」の僕とは対して趣味も合わなかった。お互いの話で笑いが耐えなくて、時間が経つのを忘れるほど盛り上がる……なんてことは残念ながら一度もなかった。

 でも、ずっと彼女は飽きもせずに僕のそばにいてくれた。なんだかんだで、いつも仲良しで喧嘩をしたことは本当に一度もなかった(過去の彼女とは定期的に何度も喧嘩していたのにも関わらず)。

 

 付き合って四年目になった時、僕は彼女に「結婚しよう」とプロポーズした。彼女とならきっと幸せな家庭が築ける。そういう確信が僕にはあった。その時、彼女は一旦、回答を保留した。そりゃあ、基本的には一生に一回だけの重要な選択だ。彼女は相当、悩んだんだと思う。

 

 

 そして、結論。僕は選ばれなかった。 彼女はまだまだ若かったし結婚のタイミングが合わなかったことに加えて、当時の僕の性格のネガティブなところが良くなかった(言い訳だけさせてもらうと、その時は仕事が上手くいってなくて、かなり精神的に参っていたのだ)。そうして、彼女との関係は破綻した。

 

 冷静になって振り返って思うと、彼女はとてもまともだったと思う。仕事や人生にやる気のないネガティブ人間に人生を預けられるほど、彼女は強くもなかったし頭が悪くもなかった。

 

 最後の日。彼女を家の前まで送っていって、俺のこと好き?と聞くと「ごめん。もう好きかどうかわからない」 そう言い残して、彼女は去っていった。いつもは「好きだよ」と言ってくれていたのに。最後の最後に、初めて彼女からそんなセリフを聞いた夜だった。

 

 

 

 それから、僕は……あまり変わっていない。以前よりも真面目に仕事に打ち込むようにはなったし、生活も充実もするようになったけど、本当に仕事が好きだからそうなっているのかはわからない。「彼女のこと見返したいと思っているんじゃないか?」と、僕の中のもう一人の自分が問いかけてくる。でも、その質問に対する回答は未だにうまく出てこない。

 

 もちろん「かけがえのない一人」は僕の方にだって選ぶ権利はあって、そういう女の子もいるはずなんだけれど、未だにその実態は霧の中でつかみ切れていないままだ。

 きっといつかは、僕も誰か一人を選ぶ時が来るのだろう。でもその時、相手には少し悪いけれど僕は「彼女」のことを思い出してしまうのだろうなと思う。

 

 はにかみながら僕のことを「好きだよ」と言ってくれていた。あの時の「彼女」のことを。